「世界遺産条約履行のための作業指針」において、文化遺産を推薦する際には、推薦遺産は真実性(Authenticity)の条件を満たすことが求められると記載されています。
確かに、顕著な普遍的価値があるとされた遺産が、実は嘘の証拠で本物でなかった場合、出所が不透明であった場合、誰もが認める普遍的価値があるとは言い難い。
一方で実際にその価値を証明する情報が本物かどうかは、何を本物と定義するかによって大きく変わるでしょう。
真実性(authenticity)という言葉は、特に文化財の修復・保全において根底となる考え方を、ICOMOSが提唱し、組織の存在意義たる「ヴェニス憲章」の前文に、以下のように登場します。
Imbued with a message from the past, the historic monuments of generations of people remain to the present day as living witnesses of their age-old traditions. People are becoming more and more conscious of the unity of human values and regard ancient monuments as a common heritage. The common responsibility to safeguard them for future generations is recognized. It is our duty to hand them on in the full richness of their authenticity.
The Venice Charter – International Council on Monuments and Sites
文化財の真実性の豊かさを継承していくことが義務であると、最後の文に書かれています。
しかしこの真実性とは何か、具体的な定義は憲章には登場しません。
世界遺産の場合は、その「作業指針」82パラグラフに、”文化遺産の種類、その文化的文脈によって一様ではないが、資産の文化的価値(推薦の根拠として提示される価値基準)が、下に示すような多様な属性における表現において真実かつ信用性を有する場合に、真実性の条件を満たしていると考えられ得る”(文化庁仮訳2023年3月)とされています。
- 形状、意匠
- 材料、材質
- 用途、機能
- 伝統、技能、管理体制
- 位置、セッティング
- 言語その他の無形遺産
- 精神、感性
- その他の内部要素、外部要素
しかし今も世界遺産関係者や文化遺産関係者で議論が尽きないのは、上記の「属性が真実かつ信用性を有する」ことは分かったが、それでは各属性は何をもって真実性が担保とされるのか、次なる定義が無いことでしょう。
さて、上記のように真正性における属性という観点が、世界遺産の作業指針に加えられたのには、日本も大きく貢献しています。
それは1994年11月に、日本の奈良で開かれた世界文化遺産奈良コンファレンスにて、「オーセンティシティに関する奈良ドキュメント」通称「奈良文書」がまとめられ、そこに記載された内容がほぼそのままに作業指針に反映されているからです。
13 文化遺産の性格、その文化的文脈、その時間の経過による進化を通じて、オーセンティシティの評価は非常に多様な情報源の真価と関連することになろう。その情報源の側面は、形態と意匠、材料と材質、用途と機能、伝統と技術、立地と環境、精神と感性、その他内的外的要因を含むであろう。これらの要素を用いることが、文化遺産の特定の芸術的、歴史的、社会的、学術的次元の厳密な検討を可能にする。
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また、奈良文書は、その本文中に以下のようにヴェニス憲章を拡大するものであること、また真正性は固定された評価基準の枠内に置くことは不可能とあります。
3 オーセンティシティに関する奈良ドキュメントは、我々の現代世界において文化遺産についての懸念と関心の範囲が拡大しつつあることに応え、1964年のヴェニス憲章の精神に生まれ、その上に構築され、それを拡大するものである。
11 文化財がもつ価値についてのすべての評価は、関係する情報源の信頼性と同様に、文化ごとに、また同じ文化の中でさえ異なる可能性がある。価値とオーセンティシティの評価の基礎を、固定された評価基準の枠内に置くことは、このように不可能である。