世界遺産と観光

文化や自然を守る意義

 世界遺産とは1972年のユネスコ総会で採択された「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(通称、世界遺産条約)に基づいて、世界遺産リストに登録された文化と自然に関する物件を示しています。この世界遺産条約の正式名称の通り、採択した目的は「文化遺産と自然遺産」の保護

 ではなぜ保護が必要なのでしょうか。

 私は世界遺産に関して大学等での解説等を行う際には、学生に分かりやすくユネスコ(国連教育科学文化機関)の設立背景やユネスコ憲章の話をします。

 ユネスコ憲章には「相互の風習と生活を知らないことは、人類の歴史を通じて世界の諸人民の間に疑惑と不信をおこした共通の原因であり、そのために諸人民の不一致があまりにもしばしば戦争を引き起こした」とあり、世界平和のために正しい教育、正しい科学の活用、そして互いの文化を理解する心が必要であると。そのための物的証拠である文化や自然を守ることが重要であると伝えます。

 ただ、平和であっても、文化を守ることの重要性を、ユネスコ事務局長であられた松浦晃一郎氏はその著作で語られています。私はバイブルのように、付箋をし、たまに開いては改めてインプットするように心がけています。

世界遺産 ユネスコ事務局長は訴える | 松浦 晃一郎 |本 | 通販 | Amazon

 その言葉を借りて一言で述べれば、グローバル化の落とし穴

 例えば言語において現在は多様ですが、多くの国が英語を学ぶように、将来的には単純化される運命にあると、松浦氏は記載しています。また食文化において、私もファストフードは好きで、週に何度か食べますが、その多くは日本古来の食文化ではなく、近現代において欧米からやってきて、瞬く間に世界中に広がったものであり、それによって多くの和食の機会が減ったことでしょう。

 アパレルにおいてはファストファッションも同様と考えてもいいかもしれません。

 グローバル化は文化の交流ももたらす一方で、流行によって伝統的なものが失われるマイナス効果もあるのでしょう。10年ほど前にデリーを訪れた際に、サリーを着こなす人々を想像していましたが、街を歩くほとんどがジーパンにTシャツだったのを覚えています。

 こうした文化の多様性の喪失は、ネット社会によってさらに加速したのではないかと思います。グローバル化自体は決して悪ではない。ただこうした文化的アイデンティティーを守っていくには、「意識的に」保存していく必要があります。

 世界遺産を守ることは、その地域においてのアイデンティティー、さらには人類全体のアイデンティティーを守っていくことにつながるのだと思います。

観光が貢献できること

 文化や自然を保護していくのは容易ではない。文化は放っておけば多様性が失われる可能性があり、自然も同様に開発によって破壊されていく。そのために保護していく国際条約が創られました。

 一方でただ守るだけであれば、”鳥かご”に入れて鍵をかければ良いですが、”鳥かご”の維持費の工面に苦労するし、そもそも未来永劫誰の目にも触れないものを守り続けることの意味を考えさせられます。

 その点、「観光」はルールを作り、守りさえすれば、その経済的効果で”鳥かご”をつくり、維持していくことに繋げることができます。また、観光によってその歴史的背景や保護していく重要性が人々に認識され、最終的には冒頭に述べた世界平和にもつながることでしょう。

 第34回世界遺産委員会(2009年 @莫高窟)では、国際ワークショップの中で、「自然遺産と文化遺産における持続可能な観光の推進」の提言がなされ、世界遺産と観光の関係性について定義がなされました。

 そこでは、世界遺産は観光産業にとって重要な資源であること、世界遺産にとって観光は適切に管理すれば利益をもたらすこと、また逆に適切に管理する必要性が示されています。

 ※ここでの適切な管理とは、近年のオーバーツーリズム等、地域のキャパシティを超えるような観光、あるいはマナーを守らない観光を排除する意味。

持続可能な観光(Sustainable Tourism)と世界遺産

 こうした観光を活用して、地域の文化や自然を守っていく、サステナブルな取り組み(持続可能な観光=サステナブル・ツーリズム)は今や世界中で広がっています。例えばGreen Destinationsが表彰する“世界の持続的な観光地100選”は良い例だと思います。

 Green Destinationsはオランダに本部を置く国際認証団体で、独自の認証、表彰制度により、世界中に持続可能な観光地を作ることを目指しています。彼らは世界各地において観光が地域の社会文化・経済・環境にどう影響を与え、どう管理しているかを第三者機関として評価しています。

 UNESCOにおいても、特に世界遺産地域における観光の在り方を検討されており、上述した第34回世界遺産委員会を経て、(特に世界遺産地域において)観光客を適切に管理するツール「UNESCO’s Visitor Management Assessment and Strategy Tool (VMAST)」の開発支援を行っています。

 このツールは世界遺産条約、作業指針、SDGs、GSTC-D等を踏まえて開発され、世界遺産地域で使用し、観光を管理することを目指しています。

 世界遺産とは離れますが、持続可能な観光については、日本でも、観光庁が国連世界観光機構と共にGSTC-Dをベースに「日本版持続可能な観光ガイドライン」を作成し、各自治体等に対し観光管理を行うツールとして導入する支援をしており、私も3年間、これに係る政策を実施してきました。

 持続可能な観光を成立させるためには、①観光客を受け入れる地域 ②地域内外の観光事業者 ③そして観光客自身 の3者が同じ意識を持たなければなりません

 私たち一人一人にできることは、旅行者として、こうした地域が遺していきたい、未来に繋いでいきたい本質を理解し、旅を通して貢献し、未来に繋いでいくことではないでしょうか。旅に出かけ、異国情緒を感じ、逆に郷土愛を育むことが出来るのは、それらを感じさせられる自然や文化があるからだと(もちろん有形だけでなく無形のものも同様に重要ですが)思うのです。

※GSTC:Grobal Sustainable Tourism Council の略称で、国連世界観光機構等の組織によって設立され、持続可能な観光の基準の開発や人材育成等を行っている。GSTC-Dは観光地向けの持続可能な観光基準。

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