ヴァレッタ市街(マルタ)

MARCIN CZERNIAWSKIによるPixabayからの画像

※アイキャッチ画像は「MARCIN CZERNIAWSKIによるPixabayからの画像」

City of Valletta ( Malta ) OUV(i)(vi)

1980年世界遺産登録

■聖ヨハネ騎士団、最後の砦

マルタ共和国の首都であるヴァレッタ市街は、突き出た半島のように城壁で囲まれた内部が世界遺産に登録されています。マルタ島は、歴史上軍事面で重要な場所でした。

11世紀以降、イスラムとキリストの対立は激しさを増し、キリスト教徒によるイスラムからの国土奪還(レコンキスタ)のため、十字軍が結成され、中世ヨーロッパでは複数の騎士団が造られてきました。特にテンプル騎士団、ドイツ騎士団と共に、聖ヨハネ騎士団は中世ヨーロッパの三大騎士修道会の1つに数えられます。

聖ヨハネ騎士団は地中海沿岸を主な活動の場としていたようですが、12世紀にエルサレムが陥落してからは退路とともに拠点を移し、キプロス島⇒ロドス島⇒そしてマルタ島と移り、その度にロドス騎士団、マルタ騎士団とも呼称されるようになっていきます。

ここマルタでは15世紀にオスマン朝の攻撃を受けるものの撃退に成功し、その栄誉をたたえられた騎士団長の名前から「ヴァレッタ」と町が命名されたそうです。その後は時代と共に騎士団の重要性は薄れていき、18世紀にはナポレオンによる支配を受け、実質聖ヨハネ騎士団の最後の砦となります。

■マルタの石灰岩で造られた街

photosforyouによるPixabayからの画像 ハチミツ色の街

聖ヨハネ騎士団による防衛のため、ヴァレッタの半島部分は50mの堀で本島と分断され、完全に孤立化した要塞となっています。

当然小さな街に川もなく、水は地下に貯水槽をつくり、家の屋根には雨水を溜めるような工夫をしています。

こうした街の壁や大地はマルタ島の石灰岩を建材にしており、それがハチミツ色をしていることから、イギリスの世界遺産「バース旧市街」のように街全体が美しい景観を保存しています。

<聖ヨハネ大聖堂>

Waldo MiguezによるPixabayからの画像

1577年、騎士団が聖ヨハネを称えるために建てた大聖堂で、写真のように騎士の出身地の言語別に8つのグループそれぞれの礼拝堂があり、正面に主祭壇が見えます。また、会堂の床は騎士たちの墓があり、まさに騎士団のために築かれた聖堂です。

その他、「騎士団長の宮殿」や騎士団宿舎、大学など当時の面影を伝える建造物が多く残されています。

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