The English Lake District (United Kingdom) OUV (i)(ii)(iv)(vi)
2017年世界文化遺産登録
■氷河によって形成され、放牧という人の手によって磨かれた文化的景観
イングランド北西部に位置する湖水地方は、氷河期に氷河によって形成された谷に広がる、農牧業的な土地利用システムによって形作られた自然と人間の活動が融合し、独自の景観を生み出しているとして世界遺産に登録されました。
世界遺産委員会ではずいぶん前から複合遺産、あるいは文化遺産として申請していたものの、審議が見送られてきたものですが、2017年には「文化的景観」という要素を踏まえて、文化遺産としてようやく登録されることになります。
約2,300平方kmの湖水地方と呼ばれる地域は、氷河によって削られた大地ですが、18世紀以降にこの地へやってきた人々により、この険しい環境下ながらも農地を切り開き、豪華な邸宅、庭園、公園が意図的に造られ、美しい大地へと変えられてきました。
例えばこれらの山の中腹にはハードウィック羊を放牧する伝統があり、農家同士の繋がりを築いてきました。
またこういった環境はイギリス人にとって行楽の場になり、またウィリアム・ワーズワースをはじめとした多くの詩人による題材になるなど、様々な文化・芸術へインスピレーションを与えてきました。
絵画においてもロマン主義運動によって高く評価され、絵画、デッサン、そして言葉を通して称えられてきたのです。近年においてはピーターラビットの舞台になった場所としても有名になりましたね。
■ナショナル・トラスト設立のきっかけ
19世紀後半、湖水地方は重工業の中心地として採石と鉱業が急速に景観を変えていきました。特にこの時代は世界遺産「ウェールズ北西部のスレートの景観」と同じように、スレートの採石場が拡大し、新しい鉄道路線の設置が計画されました。
この時に抗議集会を組織し、反対運動を起こす委員会「湖水地方防衛協会」を設立し、国や報道各社も巻き込んで扇動した人がいます。キャノン・ハードウィック・ローンズリーです。
彼はオックスフォード出身で、もともとは都市開発や失業者支援などに携わっていましたが、24歳に湖水地方で休暇を過ごしている間に、地域の石炭商人の娘と出会い、いつしか結婚、そしてそのまま湖水地方に居住を構えました。
最初は教区の工房を設立し、失業者に金属細工、木工、裁縫を教えることから始めたそうですが、この地域の景観を愛し、開発に反対する声を徐々に上げていきます。
バードウィックは後に「湖の擁護者」と呼ばれ、地元の英雄になりました。そしてこうした運動をきっかけに、創業者であるオクタヴィア・ヒルとロバート・ハンターとともに3人で1895年、ナショナル・トラスト(正式名は歴史的名所や自然的景勝地のためのナショナル・トラスト)を設立することになります。
ユネスコのサイトによれば、イングランドの湖水地方は、英国の法律の下で与えられた最高レベルの景観保護を持っており、敷地の20%以上はナショナルトラストが所有・管理しているそうです。
また、ナショナルトラストのサイトによれば、現在会員は500万人を超え、10,000人のスタッフ、数千人のボランティアを擁する規模に成長し、ヨーロッパ最大の自然保護慈善団体として、250,000ヘクタール以上の農地、780マイル以上の海岸線、500以上の歴史的建造物、庭園、自然保護区を、すべての人に永遠に提供しているとのことです。