シントラの文化的景観(ポルトガル)

Oleg ShakurovによるPixabayからの画像

※アイキャッチ画像は「Oleg ShakurovによるPixabayからの画像」

Cultural Landscape of Sintra ( Portugal ) OUV(ii)(iv)(v)

1995年世界遺産登録

■人工の建築や森が生み出した独特な景観

リスボンに隣接するシントラは、山や森に囲まれた広大なエリアに、古くはムーア(モーロ)人の城壁から、19世紀に建築された宮殿や城、それらを取り巻く公園や庭園で彩られた独特の景観をもち、その全体を通して世界遺産に登録されています。

ムーア人とは主に北アフリカのイスラム教徒、ベルベル人を起源とするそうですが、ヨーロッパに位置しながらイベリア半島に移住してきた彼らが、ここシントラに城を作ったのが8~9世紀頃とされています。

その後12世紀頃にポルトガル王アルフォンソ1世によるシントラのポルトガル併合によって、大部分が破壊され、現在は「ムーア人の城壁」の一部が残っていて、ポルトガル版の「万里の長城」のような様相を醸し出しています。

また、ムーア人が築いた城跡に造られた「シントラ宮殿」。ポルトガル併合後、大航海時代、18世紀の大地震を経て、様々に増改築され、原形はほぼないとされますが、マヌエル様式等のようにその過程で流行した建築様式を今なお残しています。

最も有名な19世紀の建築が「ペナ宮殿」です。18世紀の大地震後に増改築されましたが、広大な敷地にはエキゾチックな公園を取り入れたイギリス式公園や、マヌエル様式の窓やアラビア風の扉を取り入れ、ゴシック式・ルネサンス式の要素も取り入れた宮殿は、時代や地域性に富んだ独特な景観を造り出しています。

増改築の命はフェルナンド2世。19世紀のロマン主義時代の学問と芸術の傾向を反映しているとされ、幾何学的なフランス式庭園ではなく、イギリス式の自然のままの形式をイメージしたそうです。公園内の植物も、日本のスギやツバキ、ニュージーランドのシダ、レバノンやブラジルのスギ、など各国の植物を取り入れました。

もともとここは緑のない土地であったため、まさに人工の森と化した景観を生み出したのです。

宮殿も岩山の上にそびえたち、内部では岩肌をそのまま壁にして利用されています。様々な建築様式の演出に一役買っているのが、コバルトブルーのアズレージョのタイルです。

大航海時代、香辛料と引き換えにコバルトの原料を交易品として扱い、どことなくアラビア風のアズレージョタイルとして広くアジアまで流れ、それは「マカオ歴史地区」の建築でも利用されています。

※アズレージョについては「ポルト歴史地区」ページを参照ください。

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世界遺産に含まれるその他の建築として、「レガレイア宮殿」があります。もともとあった王族の別邸を利用して、20世紀にイタリアの建築家によって改築された宮殿で、自然に囲まれた遺跡のような佇まいを醸し出しています。

ファンタジー要素がふんだんに感じられるのは、地下と庭園にある無数の秘密の洞窟や、ダンテの神曲をモチーフにしたとされる地下への螺旋階段、テンプル騎士団のシンボルがところどころに見られるなど、秘密めいた建築にあるのかもしれません。

建物を取り巻く庭園も広大で、シントラの景観を演出する一つになっています。

こうした時代とともにその段階の要素を取り入れたこの地の宮殿や庭園は、その時代時代の建築要素として登録基準のⅳ、文化的景観として登録基準のⅴ、これらがヨーロッパの景観設計の発展に大きな影響を与えたとして登録基準のⅱも認められています。

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